裏八祐ブログ

閲覧注意。ブラックです。

生産性の概念の欠如

「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻/Chikirinの日記

全面的に同意。以上。

って、それじゃあ記事書く意味ないじゃん。。。

この「生産性の概念の欠如」という言葉に込められた様々なものについて書きたい衝動に駆られているものの、何を書いていいか頭の整理がついていない。でもこの問題定義は、とても「光明」的なものであると直感する。これに対して即座に反論する意見がみれればとっかかりがつかめそうなんだが、ブコメみれんし、これを扱うブログ記事も今のところほとんどないし。どうしよう。とりあえずなんか書いてたら頭が整理できるかもなので、備忘録として裏ブログに記しておく。そして光明の先が見えたら表のブログに書こう。

 

「生産性の概念の欠如」という働き方で私が真っ先にイメージしたのが「公務員」と「サラリーマン」。その中でもいわゆる「給料泥棒」と呼ばれる人種で「どうせ頑張ったって給料変わらんし」が口癖の人々。でも、ちきりんさんは、そういった特殊な人だけでなく、みんな根本的に同じだよと言ってる。そう、日本人の働き方の根底に切りこんでいる。

 

次に思い浮かんだのが「消費税増税」。

生産性のない働き方と消費税増税が頭の中でリンクした。つまり、「時間内に終わらなかったら残業すればいいじゃん」と「足りなかったら増税すればいいじゃん」という発想がまったく一緒だと思った。問題定義をした当のちきりんさんでさえ消費税増税には賛成なんだから(たしか過去ツイートでそう言ってた記憶あり。間違ってたらごめんちゃい)、この「生産性の概念の欠如」問題は非常に根深くて厄介なものであることがわかる。

公務員の人って、増税に対しては誰もが何の疑いもなく是なんですよね。私も一時期公務員したことがありますので分かります。「日本は借金だらけなんだから」という錦の御旗を掲げて若い公務員を洗脳する光景(集会)をなんども目にしました。

ちなみに私は、消費税増税には反対です。それをここで多く語るのは省略しますが、ようは「北風と太陽」です。このエントリー的に言えば、生産性を高めずして残業の無限ループを繰り返す、といったところでしょうか。振れば無限に出てくる打ち出の小づち思想が根深く沁みついてるんですよね。太平洋戦争の失敗から何も学んじゃいない。同じことを繰り返している。兵隊の命も労働者の命も無限じゃないんだよ。

しかもこれが公務員に限らず国民すべてに根深く洗脳されている点が問題なんですよね。だから、脱社畜やブラック企業批判という手しか対抗手段が思いつかないんだよ。そういった枝葉のことで声を荒げても問題は何ひとつ好転しないよ。それこそ焼け石に水な消費税増税と変わらないって。

じゃあどうすりゃいいんだよ?とあなたは脊髄反射するのだろう。

うるせえ。自分の頭で考えろ。今オレも考えてる最中だっちゅうの。

 

奥さまは魔女」で、ダーリンの仕事の生産性を上げるために上司のラリーは「休暇」を命じる回があった。バカンスを取らせて心身をリフレッシュして生産性を高めさせるWIN-WINな手法。アメリカは1960年代ですでにその概念が定着していた。一方の日本は、いまだ蟹工船的な発想でしかない。

アメリカと日本をよく知るちきりんさんが発したこの問題定義がいかに深刻で根深い問題なのかが、このエピソードからも分かるだろう。え、分からないって?例題が足りなくてすんまそん。

 

平日の朝っぱらからビールを飲む。もしくはお昼休みにビールを飲む。そのことに対して多くの日本人は嫌悪感を示すだろう。「けしからん」の一言で。でも、そのことで生産性が上がるとしたら、それは推奨されるべきことだろう。

へたくそな例えでごめんなさいだが、日本とアメリカの違いってこういう点だと思うんだ。けしからんの一言で議論が終わってしまう国と、それで生産性が高まるならいいじゃんとなる国。マリファナ問題もそうだよね。シアトルだかでチェーン展開化を進めてるんだっけ。マリファナも生きる上で有効なら活用すべきという議論を徹底的に行える国と、そんなの(違法だから)ダメに決まってるじゃんと頭ごなしに決めつける国。

痛みや苦しみを「我慢」で乗り切らせようとする国と、いかにして「楽」にするか考える国。とある水泳選手の「エンジョイ」発言でのバッシングも同じ構図。

こういうことを書くと「アメリカかぶれ」と揶揄されちゃうのかな。

私もちきりんさんもとある水泳選手も「勝つ」ために言ってるんだけどね。

 

さて、じゃあいったいどうすればいいのか?

そう、この先の具体的な解決策が全く見出せないんだよね。これが私がカネ儲けできていない弱点。カネを使うアイデアはすぐ思い浮かぶんだが、カネを稼ぐアイデアとなると全く浮かばない。

いま理解しているのは「仕事・働く・傍を楽にする」ことと「カネ儲け」は全くの別物だと分けて考えたほうがいい、ということ。しかしながらそれらは複雑に絡み合っているので、同時進行で考えなければ解決策は見出せない。仕事とカネ儲けを両方うまくできないとこの先生きのこれないことも理解している。

以前は祐気とりしてれば自ずと解決されるだろうと楽観視していたが、今はその考えは否定的だ。正しいことをしていればどうにかなるではどうにもならない。

 

俺様のカネ儲けと国利民福はイコールで考えないとあかんのよね。でも勘違いしてはいけないのが、常に俺様の方を主にしないと蟹工船思考からは脱却できない。

 

じゃあどうすれば?

そこのところの具体化というかシステム化がいまいち明確にならないからいつも頭を悩ませている。私の中にも根深く日本病(生産性の概念の欠如)が沁み渡ってるからだろう。

 

どうやったら「幸福」になれるんだ?

それが幸福と思えば幸福

みたいなクソな禅問答でなくて。ちゃんと具体的に実践して実感しないとあかんて。

 

 

 

とりあえず一旦ここで記事をしめる。

この問題は引き続き深く考えていきたい。